オフシーズントレーニングを開始して1ヶ月が経ちました。
今はやっと体も強くなって慣れてきたかな?といったところです。
いや、まだまだ全然しんどいですけど、
吐き気がしたり頭痛がしたり全身が痛いっていう状態からは抜け出せています。
さて、今年はだいぶ自分の立場が変わったというか、
人生が大きく動き出したというような1年でした。
自分の1つの目標でもある
「日本ランキング100位を切ってプロ登録をする」
ことにあと1歩のところまで近づくことができましたし。
どんな1年間だったかを改めて書きたいと思います。
1.絶望的なスタート
遠征では高速バスによる移動に宿泊は安いホステル,ゲストハウス。
節約できるところ節約しながら日本ランキングを上げるための挑戦が2019年から始まりました。
今年の全日本選手権の予選出場ラインをランキングの目標に設定すると、
自分が出場する全ての大会で20万(J1-1)の大会ではベスト4、50万(J1-2)の大会ではベスト8に入る必要がありました。
1-3月の3ヶ月間は全然勝出ませんでした。かなり悩みました。
賞金なしJ1-1大会では4大会連続でベスト16、JTT300万や100万J1-5の大会でも予選突破できず。
この時点でもう全日本に出場なんて薄望み。
メンタル?戦い方?変化をつけるか否か色々考えながら、とにかく試合に出場しました。
2.JOP大会決勝進出
全然勝ててないところから転機が来ました。
J1-1大阪府民大会(全日本テニス選手権大阪府予選)です。
2週間と少しの期間をしっかりトレーニング,練習を積みました。
試合間際に首の筋痛めたりもして、どうなるかと思いましたが。
1日5試合全てを8ゲームプロセットマッチで消化する大会。
しっかり準備した甲斐があって準優勝することができました!
でもこれが原因で手首痛めてしまって、
この後出場した100万(J1-7)の大会の後2ヶ月間戦線離脱することになってしまいました。
3.JOP大会初優勝
手首の治療を続けていた間ももちろんしっかりトレーニング。
復帰直後に選んだ大会は大好きなクレーコートがサーフェイスである山梨の賞金なしJ1-1大会。
どんな感じだったのかはもう忘れてしまいましたが、
とにかく優勝しました!
これが今年最初で最後の優勝でした。
帰りはよく覚えてますよ。
山道を6km歩いて、夜中1時の夜行バスまでファミレスのドリンクバーでひたすら粘って、かなりしんどかったので。
このときたくさんの人にお祝いのメッセージを貰ったのは本当に嬉しかったです。
4.山あり谷あり、全日本予選出場ならず
その後も順調にポイントを稼げるかと思っていたのですが、残す結果はとても不安定でした。
どこかの大会で2回戦敗退だったり(しかもクレーコートで)、
寝るところなくてカラオケボックスで夜を過ごし、熱中症になっているのにも関わらずJ1-1大会で準優勝をしたり。
ベスト4に入ったと思いきや、次の大会で2回戦負けとか。
試合から帰ってきたら数日だけアルバイトとトレーニング、
そして休むまもなくすぐ次の遠征へ。
疲労と勝てないときのストレスで精神が揺さぶられるような、自分の人生が麻痺してきそうな生活。
毎週大会に出場して勝ったり負けたり6-8月の3ヶ月間ずっと繰り返してました。
日本ランキングは130位くらいまで上がりましたが、全日本選手権予選には残念ながら届きませんでした。
ここから来年の全日本予選とプロ登録を目指すために切り替えて、もう1度準備期間に入ります。
5.一気にランキング100位に近づく
3週間の準備期間を経て再び試合尽くしの生活へ。
まず最初の名古屋での大会(賞金なしJ1-2)と次の大阪での大会(50万J1-2大会)でベスト8に入りました。
ここで靱テニスセンターでは世界スーパージュニアが開催され、
去年お世話になったTipsarevicアカデミーから2人の選手が出場するのでお世話をすることになりました。
彼らと一緒に過ごして(トレーニングとか、たまにヒッティングとかもして)濃い時間を過ごせました。
それが良いきっかけになったのか、
その後出場したJOP3大会連続で準優勝することができました!
そのうちの1大会はJOP50万J1-2大会で、
楽ではないドローを何とか勝ち上がっていきました。
ここで1つドラマが。
決勝の相手は僕が高校生のときは雲の上の存在であった(と思っていた)同い年の選手。ランキング,身長,パワー、どれを取ってもおそらく勝てる要素なし。
決勝を戦う選手のプロフィールなんてみたら
「日本ランキング45位 vs 124位」
瞬殺される、なんていう自分や大方の予想を裏切って第1セット取っちゃいました。
それどころか7-5,4-6,3-6と接戦。
お客さんや審判がいる中で3時間もコートで自分のプレーを披露できたこと、
本当に幸せな時間で間違いなく最高の経験でした。
最終的な日本ランキングは103位、
今年度中に100位切ってプロ登録がかなり近づいてきました。
(僕がセルビアから帰る頃にはランキングは110位くらいに落ちてると思います)
6.その他の活動
この1年間自分の価値を上げたり色々するために、とにかく情報を集めたり動いたりしていました。
情報を集めるたり勉強をするために、いろんな人に会いにいきました!
経営者やクリエイター,アーティスト,芸能人,YouTuber,会社の創設者...
たくさんの人から得た情報は全て自分に活かすことができています。
Twitterでの発信力も得た情報が役に立っています。
自分のことを知ってもらうための練習会も行いました!
チラシ作りから募集、当日の進行係まで全て1人で初めてやりました。
そういえば近々発表しますが、
来年は50円でヒッティングとか相談に乗ったり,ファンとの交流をしたいと思っています。
もちろん僕主催のイベントも行います。
T-PRESSさんの協力を得てYouTubeチャンネルも立ち上げました。
これのおかげでかなりセルビアでの生活がよりタフになっているのですが、
始めて良かったと思ってます。
最初はYouTubeは向いてないからやりたくないって言っていたんですけどもね。
こんな感じでしょうか。
かなり省略して書いたつもりが長ったらしくなってしまうほど濃い1年間でした。
今年1年頑張ったというよりは6年前から継続していたことが、やっと今年になって実った感じです。
でも来年はもっと厳しい世界が待っていると思いますし、
選手活動もその他日本テニス界を良くするための活動も今年以上に自ら動いてやりたいです。
自分の活動をたくさんの人に認めてもらったり、何かを伝えることができるようになるまでには、
まだ自分自身が成長しなければいけない部分が山ほどあります。
僕は本当にいろんな人がいる中のたった1人の挑戦者ですが、
来年も夢や希望を伝えるために、勇気を与えるために、努力を決して辞めることなく活動していきたいと思います。
僕のお父さん,お母さんを始め家族のみんな、スポンサーであるグリップレンジャーズさんとT-PRESSさん、トレーナーの山田さん、
香枦園テニスクラブ,シーホースの方々、いつもガットを張ってくれるCoralの村澤さん、JankoやTipsarevicアカデミーのみんな、練習やその他お世話になったたくさんの方々へ、
今年1年たくさんお世話になりました。
来年も北山智也をよろしくお願いします。良いお年を。